希望の牧場 よしざわ 2026年01月20日 吉澤正巳氏の講演会3月14日 開催です 震災から15年今も生きている牛たち出荷するにしても殺処分されるにしても本来ならと ... 続きを読む 吉澤正巳氏の講演会3月14日 開催です 震災から15年今も生きている牛たち出荷するにしても殺処分されるにしても本来ならとっくの昔に消えている命だったかれらはなぜ生きることができたのか当日吉澤氏に是非 尋ねてみてください
麦くん便り 2026年版 2026年01月08日 今年もまたまたやってまいりました 茨城県の友部サービスエリアで保護した麦くん飼い主様から毎年お正月に届く麦くん便りで ... 続きを読む 今年もまたまたやってまいりました 茨城県の友部サービスエリアで保護した麦くん飼い主様から毎年お正月に届く麦くん便りです今年は正月早々いろいろあったのでお知らせが遅れたことお詫びいたします昨年の2025年麦は病気もせずに元気に暮らしていたそうですあゝ良かった思い起こせば麦を保護し里子に出たのは2015年もう10年になるのです写真は里親さまのお宅に連れて行ったばかりの麦まだ落ち着かない表情をしています10年後かわいがられてこんなに落ち着いています里親の若いご夫婦今年は新居に移られるとかキャットウォークも作ったりするそうで麦にとっても楽しみな年になりそうですね年齢ははっきりしませんがこれで10歳以上は確実しかし麦はまだまだ生きますきっと来年も麦は元気な姿を見せてくれることでしょう里親さまご連絡ありがとうございました
中津川! 2025年11月22日 行ってきましたよ 前日 早く寝床についたのですがなぜか眠れず結局 一睡もできませんでした子供の遠足じゃあるまいし楽しみで ... 続きを読む 行ってきましたよ 前日 早く寝床についたのですがなぜか眠れず結局 一睡もできませんでした子供の遠足じゃあるまいし楽しみでしょうがなかったのでしょうか中津川に到着したのが約束の1時間前マルモさんと しのさんが宿泊しているホテルそこで中津川にお住いの佐藤さんの弟さんである原さんとも合流して原さんの案内でスタート名神も中央高速も工事ばかりで時間がかかった早めに出て正解でしたまずは佐藤さんのお墓参りマルモさん しのさん 私も2回目です在りし日の佐藤さん2017年5月 松村さん宅にて2017年11月しろさびに会いに来ると佐藤さんはいつも かれらの顔や耳を拭いてきれいにしてあげますしろとさびにとっては天敵?(笑)だけど保健所行きだったふたりを救ったのは佐藤さん救世主ですよねマルモさんが持ってきてくれたしろの捜索チラシ残念ながら行方不明になったしろは見つからず結局会えずに終わってしまいましたでもしろさびはきっともう後から来た佐藤さんを見つけていることでしょうお墓参りの後原さんのご案内で中津川のお隣の下呂温泉へ観光だ日本三名泉草津 有馬 下呂だそうですよ私は下呂は初めて訪れました原さんとはしゃいでおりますあったかーい♪はしゃいでおります有名だそうですけどふーむカタカナで書いたらきっとだめです銭湯入りました!透明なお湯ですがぬめりがあってお肌すべすべになります風呂上りはコーヒー牛乳?しのさんの唄う曲の中で大好きな曲「バロン」たまたま下呂にありましたバロンを聴くとマルモさん泣きます私もうるっとしてしまうのです昼食を待ちきれず食べてしもうたうま!ぜんざいはそこそこでも五平餅は最高でしたお昼は回転寿司カニ!チェーン店ではなくて新鮮なネタでした原さんがご馳走してくださいました・・・ありがとうございます2時過ぎにお二人は中津川駅から帰途に私も原さんと再訪をお約束しお別れして帰ってまいりました佐藤さん何年もにわたる福島の猫たちのための活動ありがとうございました忘れませんまたお会いしましょう
福島の記憶 2025年08月21日 現在 体調を崩していて しかも過去最高21匹の猫を抱えてアップアップしていますが過去福島で活動していたことを思えばなんてこ ... 続きを読む 現在 体調を崩していて しかも過去最高21匹の猫を抱えてアップアップしていますが過去福島で活動していたことを思えばなんてことはないと思うようにしています(なんてことあるんですけど!笑)14年前私を動かしたのは猫たちでした原発の事故で人がいなくなり置き去りにされた猫たち私はかれらを救いたい一心で福島に通い始めたのです2011年3月末初めて南相馬に入る道路で見た温度計氷点下になることのない東京住まいだった私はこんなところで餌も満足に貰えずに残されている猫たちのことを思うと何とかせねばと気ばかりが急いたのでした南相馬で迎えた初めての朝初めて出会った猫震災からすでに半月以上経っていて身体の汚れや肉付きを見ると満足に食事が出来ていないような気がします人がいなくなってしまった久しぶりに人を見つけたでもそれは知らない人間どうしていいのか分からない猫約300キロ離れた東京からこの子たちに何ができるのかさまざまな人たちの力を借りながら活動を続けていったのです
愉快なアライグマムービー 2025年04月14日 時は2016年 この頃はまだ月に2回原発20キロ圏内にのこされた猫のためボランティアさんに助けを借りながら給餌に行っていまし ... 続きを読む 時は2016年 この頃はまだ月に2回原発20キロ圏内にのこされた猫のためボランティアさんに助けを借りながら給餌に行っていましたフードを直に置いてしまうとあっという間にカラスや野生動物に食べられてしまうので「えさ台」と名付けた箱を設置していたのです今回はそこに監視カメラをセットして写っていたものを紹介します(笑)アライグマです本人は必死なんでしょうけどなんでこんなにユーモラスなんでしょうねもっと見たかった・・・私が次に来たのは10日後でしたが翌日にボランティアの「かじさん もいさんペア」がチェックに来てくださっていましたフードはまだ余っていて猫が食べそびれてはいなかったようです毎回 気が滅入る福島ですがこういった笑える時もあったのでした現在「しろさびの里」写真展の準備に追われています写真集「しろさびとまっちゃん」のその後がメインになるようなそんなお話の写真展にしたいと思います
「しろさびの里」写真展のお知らせ 2025年04月07日 「しろさびの里」写真展4月29日~5月4日11:00~17:00初日のみ準備のため13:00~18:00びわ湖大津館3階市民ギャラリー〒520-0022 滋賀県大津市柳が崎5−35 ... 続きを読む 「しろさびの里」写真展4月29日~5月4日11:00~17:00初日のみ準備のため13:00~18:00びわ湖大津館3階市民ギャラリー〒520-0022 滋賀県大津市柳が崎5−35 この写真展は2013年7月福島第一原発20キロ圏内がまだ警戒区域に設定されていて人の出入りを制限され人間がいなくなって残された猫たちが餓死を余儀なくされていた頃福島県内の警戒区域「外」で産まれ保護されてそのまま殺処分されるところをひとりのボランティアさんが救い出し日本の中でも生きていくのに一番過酷な場所福島第一原発20キロ圏内 警戒区域内に連れてこられたしろ さび姉妹猫の物語です当時 警戒区域内では餌が無くなり餓死していった猫たちが多くいたにも関わらずしろとさびはその警戒区域に連れてこられました普通なら絶望的な場所である区域内しかしそこには国の方針に納得がいかずひとり残って動物たちの世話をしていた松村直登氏が家を離れず住んでいた松村氏は二匹に寝る場所と食事を提供しろさびは皮肉にも震災から2年経ち人がいなくなって自然に還りつつあった富岡町で生きることができるようになったのです甘えん坊でお姉ちゃん猫「さび」のことが大好きな「しろ」ワイルドで狩りが上手「しろ」の頼もしいお姉ちゃんだけれど人間には甘えん坊の「さび」自然がいっぱいのこの地で伸び伸びと暮らすはずだった しろとさびしかし・・・ペットなのか野生動物なのか猫という動物の立ち位置は微妙です普通に皆さんにどちらですかと尋ねれば「何言ってるんですか当然ペットじゃないですか」という答えが返って来るでしょうしかし現実を見れば屋外で飢えや病気と闘いながら生きているそういう厳しい状況に置かれている猫たちが居ますそれがペット?(実際には愛護動物といわれる)TNRが認知されつつあっていくら普及してきたとはいえ未手術の猫たちがまだまだいて人から手を差し伸べられずに生まれてすぐ消えていく猫たちが何と多いことかその猫たちはペットと呼べるのでしょうか猫が自分自身で餌を取って生き抜くということが難しいのは福島で嫌というほど見てきましたかれらは人間無しでは生きられないのですということは間違いなく野生動物ではないしかし外に置かれている猫は必ずしも手を差し伸べられるわけでもなくまるで野生動物のように扱われ消えていきますそんなことを身をもって教えてくれたのがこのしろとさびだったのでした猫は外に出さずに家の中で飼ってください必ず避妊去勢手術をしてください言うのは簡単しかしまだまだ現実ではそうならないこともあるのですそうしたい それを目標にしている私でさえ自然の中で走り回りかわいい赤ちゃんを産んで子育てをしている猫たちに目を細めてしまいます今はもういない しろとさびを通してそんなことを少しでも考えて頂けるようなそんな写真展です4月末GWです滋賀県大津市でお待ちしていますさびちゃん はやくはやく!さきにいっちゃうよ! タグ :##しろさびとまっちゃん##しろさび##しろさびの里
福島 2024年11月20日 福島の最終回です いろいろ行きたいところはあったけれど一泊二日だと殆ど回れないですねまた来ます 絶対南相馬市 村上ここ ... 続きを読む 福島の最終回です いろいろ行きたいところはあったけれど一泊二日だと殆ど回れないですねまた来ます 絶対南相馬市 村上ここはミニチュアダックス「くるみ」が居た場所2011年7月かつて くるみが散歩をしていた堤防です宿泊したのは南相馬市小高駅前のですシングルの個室もありますお風呂も朝6時から入れましたよ希望の牧場へも近いので助かりましたこちらは・・・どこか分からないですよねえここは私の休憩場所だったところです2020年12月アパートに囲まれた小さい公園ここにも「えさ台」を設置していたのでフードの補給をしながら休憩していました現在は線量計以外 全部取り壊されていましたこれで今回の福島トリップは終了今でも動物のために頑張っている方々に会い過去のことにしてしまいそうになっていた私はまだまだ来なければいけない場所だと20キロ圏内の動物たちの最後の最後まで見届けなければいけないと改めて思いましたよ
せんちゃんの場所 2024年11月19日 せんちゃんの場所にも行ってきました もう何度も紹介していますが大熊町の山のふもとのお宅にいたキジシロそれがせんちゃんで ... 続きを読む せんちゃんの場所にも行ってきました もう何度も紹介していますが大熊町の山のふもとのお宅にいたキジシロそれがせんちゃんでした初めて会ったのは震災の年2011年12月震災後 初めての冬がやってきて食べるものがない動物たちがバタバタと倒れていった頃私は保護することもできず餌を置いておくのが精一杯でしたボランティアさんと一緒に保護したのはそれから半年以上経ってからああ・・・よく生きていてくれたね遅くなって本当にごめんよあの せんちゃんがうちにいます寂しい山のふもとの家で一人ぼっちでいたせんちゃんが目の前にいるのです私は本当に幸せでした3日間の脱走騒ぎを経てせんちゃんは大阪のお宅へ行きました2015年里親さんが体調を崩しもうせんちゃんのお世話ができないというので私がまた引き取ることにしかしその時せんちゃんもまた体調が悪かった腎不全うちに帰ってきてすぐに入院させましたが病院で亡くなってしまいましたせんちゃん お疲れさま故郷に返してあげようと思いかつてせんちゃんがいたお宅の裏の林に埋葬それからは時間がある時にはせんちゃんのお墓にお参りしながら給餌活動を続けましたこの場所にせんちゃんがいるような気がしてつい写真も撮ってしまいますそして今回私のブログを見ていて せんちゃんを知っている香港のエンさんも行きたいとおっしゃるのでせんちゃんに会いに行ってきましたしかしせんちゃんがいたお宅は取り壊されせんちゃんを埋葬した目印で墓石代わりにブロックを置いた場所もよく分からなくなっていましたせんちゃんは自然に還ったということでしょうかだいたいの場所に向かって私が幸せにしてやれなくてごめんねとせんちゃんに謝ってきましたよやさしいキジシロ猫せんちゃん福島で経験した数多くの悲しい出来事のひとつででした
ヤヨの場所 2024年11月18日 ヤヨの場所を訪ねました 当時の浪江町帰還困難区域と避難指示準備区域の境目に設置した「えさ台」そこに1匹の猫 ヤヨが来てい ... 続きを読む ヤヨの場所を訪ねました 当時の浪江町帰還困難区域と避難指示準備区域の境目に設置した「えさ台」そこに1匹の猫 ヤヨが来ていたのです2018年 監視カメラで撮影当時は名前も付けていませんでしたが間違いなくヤヨですこの餌場で私が確認できたのは この子だけ餌の減り方もほぼ1匹分しかありませんでしたたった1匹と言えども「えさ台」を撤去するわけにもいかずこの子だけのために餌を置き続けていたのですお腹が減ってはさぞかし寒かろうとなんとかできるだけ福島に通っていましたいよいよ私の滋賀への引っ越しが決まってもう定期的に給餌するのが困難になり「えさ台」も老朽化していたことからヤヨには大変申し訳ないけれどこの最後の餌場を撤去することにしました2021年の3月のことですごめんよ ごめんよと心の中で詫びながら撤去作業をしているさ中に現れた猫ヤヨですこれは運命と思い すぐに捕獲器を設置ヤヨもあの場所から脱出したかったのかすぐに捕獲器に入ってくれました今回訪れた「ヤヨの場所」2024年11月11日です風景はあの時と変わりなくヤヨの命を繋いだ「えさ台」を括り付けた頼もしい杉の木もそのままでした保護してから3年半が経ちましたヤヨは元気13匹いるうちの猫たちの誰ともケンカもせず穏やかに過ごしていますヤヨを保護することができて私の心はどれだけ救われたでしょう避妊手術をしましたが 耳はカットしていませんなぜならヤヨはうちの子ですからね今でもヤヨを見る度思うのです良かったね(私が)と
赤間さん 2024年11月16日 2番目に訪れたのが 3.11レスキュー日誌で 情報発信しておられる赤間 徹 氏赤間さん宅を訪れた時はお留守でしたが電話を入れた ... 続きを読む 2番目に訪れたのが 3.11レスキュー日誌で 情報発信しておられる赤間 徹 氏赤間さん宅を訪れた時はお留守でしたが電話を入れたら近くにいるからすぐに戻ると10分もしないうちに戻って来られました自作の完璧な全天候性捕獲器カバーを前にしてこれなら猫はただの箱に入る感覚です赤間さんのモノ作りはいつも本格的で参考にさせて頂いています猫の捕獲を頼まれちゃってさ何回か行っているのだけど目的の子以外が捕まっちゃうんだよそれがまた懐っこい猫でさまた放すわけにもいかなくてと 笑う赤間さん未だに猫の保護やTNRを続けている赤間さんもうとっくの昔に「被災猫」という子たちは存在しないはずです今 ここで生きている猫たちは日本全国に居る いわゆる野良猫と同じなのに・・・シェルターを兼ねたお宅にはまだまだ猫たち犬たちが溢れかえっています毎日のお世話は大変なことでしょう香港のお客さんのエンさんから支援物資エンさんどうしてもお渡ししたいとご自分で持って来られましたもともとは犬の保護のため活動を始めた赤間さん(2019年撮影)震災後数年もすると犬はほとんど見かけなくなり残ったのは猫だけ犬が終われば終了というわけにもいかず猫の保護活動に入ったのですそして2014年からは地元の豊田動物病院の豊田先生とタッグを組んで浪江町の猫たちの不妊手術を実行TNRと人懐こい子は保護後里親探しそれは現在も続いています物腰が柔らかな優しさの中にその場では強い信念を見つけることは難しいしかしこの活動を13年以上続けて来られているひとです犬や猫 他の動物たちの地獄を見て来たひと派手な活動報告など一切しない寄付もご自分から集めたこともないただひたすらこつこつと一匹一匹の犬猫を救って来たひとその意志の強さはこの13年の行動で知ることができるのです断言します赤間さんは間違いなく原発20キロ圏内犬猫たちの救世主なのです--------------------------------------------------------------------------------------------過去写真赤間さんが捕獲し(2014年)豊田先生が手術(2014年)この連係プレー馴れている子もいました(2014年)赤間さんご夫妻(2014年)頻繁に一時帰宅して餌をあげくださる人がいる場所ではリターン
ペロとぴーちゃん 2024年10月19日 ふと見上げたら しもじもの ものよわれを たたえたまえなんてことは絶対言ってなさそうなペロあーもう かわいいったらありゃし ... 続きを読む ふと見上げたら しもじもの ものよわれを たたえたまえなんてことは絶対言ってなさそうなペロあーもう かわいいったらありゃしない横にある猫写真誰か分かりますか私が福島の楢葉町で保護したオス猫です千葉の個人ボラさんに里親募集していただくため預けたものの里親が見つからず その間に腎不全を起こし預かりさんの家庭の事情もあってまた私が引き取りひと月と少しクリスマスイブの前日に亡くなってしまったぴーちゃんですぴーちゃんの最期は腹ばいになっていたのに一度 ぐぐっと身体を起こしそしてまた倒れて息を引き取りました立派な最期だったのを覚えています2017年12月22日のことでした
のこされた動物たち 楢葉町のクロ 2024年06月03日 10年前2014年3月 福島第一原発20キロ圏内が警戒区域だった頃のお話です警戒区 ... 続きを読む 10年前2014年3月 福島第一原発20キロ圏内が警戒区域だった頃のお話です警戒区域南端の楢葉町に一軒の金物屋さんがありました震災から3年が経っていましたが依然として立入は許されず誰もいない町にのこされた動物たちがさまよっていたのです私が行くたびに居た一匹の黒猫私には保護する能力がなかったので餌を置くようにしました餌を置きそれを食べて生き延びてもらう当時の私はそれだけしかできなかったのです「えさ台」を使ってくれていましたがこの時はまだ近づくと逃げてしまうような子でしたまた翌週に行ってみると身体の横側がおかしいどうやらネズミ捕りの粘着シートがくっついた様子捕まえることも出来なくて途方に暮れていたところ金物屋のご主人が一時帰宅で戻って来られありがたいことに自分には馴れている子だから何とかしますとおっしゃってくださった黒猫の名前はクロだったことも教えていただき震災前からお世話をしていたということでした次に来た時にはお店の前に餌箱が置いてありベタベタだったところの毛が刈られていてスッキリちょっと寒そうだったけれどまずはめでたいところが誰も住んでいないところに残されているその状況は変わらずお店の方も避難先には連れて行けないのでこのままここに残しておくしかない私にも懐いてくれるくらいの人懐っこいオス猫だったので里親さまを募集してみることにしましたお店の奥さまが描かれた里親募集チラシ(笑)他にも猫がいるので「えさ台」も新しいものに交換こんなに人懐っこい子だったのかぽてぽてのクロ見た目や性格は申し分ないやがて救世主になる里親候補さまが現れたのです里親候補さまはなんと新潟の方新潟・・・また遠いところから・・・でも猫のためなら距離なんて関係ないその距離で手を挙げてくださったということはそれだけ覚悟があるということさっそく日にちを調整してお迎えに来ていただきましたスゴイ! 軽自動車でお迎えですよ左は私の軽自動車ココア(笑)金物屋の奥さま 最後の抱っこお別れ左が里親さまのSさんそしてクロは新潟に旅立ったのですさてなぜ今 10年も前のクロの話をしているかというと実は・・・・どーんクロは元気だと連絡があったのです!今年でなんと17歳確かエイズ陽性だったと思いますしかしクロは元気です良かったなあ君は新潟に行って大正解だったね飼い主様Sさんからのメッセージ最近のクロちゃんは今年で17歳、かなりおじいちゃんになりました。そして貧血でゆるやかに体重が減ってきております。 腎不全ではないものの、エイズの子に貧血は状態としては良くないとお医者様が言っているので、猫用の鉄分サプリを試しにあげたりと、何とか回復してくれるように試行錯誤してます。 ご飯を食べる気力はあるので、こまめに病院に連れて行って体調管理に努めたいと思ってます! 毎日布団に入ってきて腕枕して寝ていて甘えっ子なところはかわりません笑こんなお知らせ最高ですよね!クロは震災と原発事故によって窮地に立たされましたが運と持ち前の性格で みごとに幸せを掴みましたよ一匹の福島の猫が幸せを掴んだお話でした
5月3日は せんちゃんの命日 2024年05月03日 せんちゃんは うちの子 私が発見保護し最期はうちで看取り故郷の大熊町に ... 続きを読む せんちゃんは うちの子 私が発見保護し最期はうちで看取り故郷の大熊町に埋葬せんちゃんは うちの子だったのです初めて目撃したのは福島大熊町 山の入口の家震災の年 2011年の12月でしたそれでももう9カ月経っていてますせんちゃんはひとりぼっちで生きていました目撃したからには餌を置かねばなりません当時の私は保護することができず餌を置いて生き延びてもらうしか方法がなかったまだ牛たちも何とか生き延びている頃牛たちにはこの後殺処分という運命が待っていましたダチョウ牧場にも辛うじて生き残っていたダチョウたちが居ましたせんちゃんを保護出来たのは翌年の5月半年も待たせてしまいました頑張って生きていた せんちゃんごめんよ人がいなくなった町で1年と2カ月気が遠くなるほどの時間だったことでしょう大阪にお住いの里親さまが手を挙げてくださりお迎えに来てもらうまでお預かり大熊町で半年間 何も出来ず見てきたせんちゃんがうちにいる私は幸福感でいっぱいでしたせんちゃん 良かったなあせんちゃんはとても人馴れしていましたところが・・・窓に鍵をかけ忘れていて脱走なぜか うちの車の下に隠れていたせんちゃんの脱走は3日間で終了知らない土地で不安な思いをさせて申し訳なかった心配したよ~せんちゃん せんちゃんかわいいよ せんちゃん大阪の新しいおうちのせんちゃん直ぐに馴染んだようでしたせんちゃんは体調を崩しながらも3年間 家猫として暮らしその後せんちゃんも里親さまも健康状態が悪くなってしまいうちに戻すことになりましたがうちに戻って2日で病院で亡くなってしまいました助けてやれなくてごめんよせんちゃんは故郷に埋葬することにしましたせんちゃんを初めて見かけた家の裏の林に埋葬せんちゃんがいた場所は3年以上経ってもそのままでせんちゃんがまだそこに居るようなそんな気がしたのでした
しろさびの里 2015年1月6日 2023年12月14日 福島の写真で探し物をしていて ... 続きを読む 福島の写真で探し物をしていて 今日は見つからなかったのでしろさびをどうぞ2015年8年も前しろさびは仲が良かった避妊が間に合わずたくさんの子どもを産ませてしまったことそれが申し訳なくて辛いです生まれてきた子供たちもちろん しろさびにも会いたいなあダチョウのモモしろさびはこの里に確かにいましたが今となっては会える手段は写真と時々思い出す自分の曖昧な記憶のみとなりました
福島の記憶 2023年11月04日 写真の探し物をしていて ... 続きを読む 写真の探し物をしていて 見つけてしまったハチワレ猫のお話です一度紹介しましたが再度時は2011年震災の年です7月原発からほど近い双葉町で一匹のハチワレ猫を発見痩せていて元気がなさそうでしたので保護を決断しかし お腹は減っているはずなのに捕獲器にはなかなか入ってくれませんでした7月といえばまだ許可証も貰えず勝手にバリケードを押しのけて潜入していた頃長時間の滞在は無理少ない時間の中で数回試すも何日か かかったのを覚えていますいつも同じ場所にいたこのハチワレ写真をクローズアップしてみると胸の毛などが不自然なのが判明原因は分からなかったけれどとりあえず早く保護しなければと福島に行くと必ず捕獲をチャレンジしました何度かのチャレンジでやっと捕獲!捕獲器の中にいるハチワレを良く見たら首輪がたすき掛けになっていたのですハチワレは痩せてユルユルになった首輪に前脚を通してしまっていたカットした首輪当然 飼い猫だったのでしょう脇は擦れて皮がむけて痛々しかったお前の飼い主さんは迎えに来てくれなかったのかい治療の後東京のボランティアさんが預かってくださり療養した結果きれいに治り身体もふくよかにその後里親さまも見つかりもっちゃんと名付けられ数年生きましたが確か腎臓を悪くしていて亡くなってしまいましたそれでも もっちゃんは最後はおうちの中で暮らせたラッキーな猫だったのでした
しろさびの里 08 さび 2022年10月10日 さびが富岡町にやって来たのも ... 続きを読む さびが富岡町にやって来たのも 当然しろと同じ2013年6月ふたりは姉妹でした一般的に さび柄の子は賢いとそう言われているのが分かるような子好奇心旺盛さびはこの土地にすぐに順応し狩りを始め何でもひとりで始めることができしろはさびにくっついていろいろ学んでいたような気がしますさびは しろのお姉ちゃんという立場が誰から見てもすぐに納得できるそんなしっかりものの猫でしたさびの性格が少し変わってきたのが2017年に入ってすぐの頃子どもを2回出産してからですまずは子どもたちが3カ月を過ぎると寄せ付けなくなりました母を慕って近寄る子供たちを追っ払うのですそしてそれは しろにも向けられましたしろはさびが大好きだったので一緒に居ようとしますがさびはしろを攻撃するようになったのでした子どもを独り立ちさせようとする母親野性の世界ではよくあること野性の心が残っていたさびには当たり前のことだったのでしょう妊娠しなければ子どもを産まなければ自然の中で暮らさなければ避けられたことだったかもしれません猫に関しては犬と違いまだまだ自然に任せ自由に外で生きる方が幸せだとそういう考えでおられる方が多いです確かに猫が野生動物だったなら私も猫に関わることは無かったかもしれません同じようにいたタヌキ キツネ ハクビシンアナグマ アライグマ ネズミ イノシシなどには手を出さないようにしていましたからしかし猫は明らかに違う野性を残すさびだって人から餌をもらって生きていて狩りが上手いといってもそれだけでは生きていくことなどできない野生動物から程遠い生き物なのですでもほんの少し残っていた野性の心が周りの猫たちの運命を変えてしまったさびによって追い払われた子供や孫たちどこへ行ったのか行方は分かりません辛うじて私が保護した4匹の孫たちのみ現在も生きていますしろも結局 行方知れずさびは一人ぼっちになりましたがそれはさびが望んだこと彼女は本能に従って当たり前に生きたにすぎません「ここはわたしのなわばり」皆がいなくなった しろさびの里はさびひとりのものとなりさびはご機嫌で生きていました野性の心を持っていたとはいえ人間に対する態度は誰にも甘えん坊で飼い猫そのものでした私が撮影した さびの最後のカットの中の1枚バイバイさびまた来るからねそう呟いて帰ったのが最後の別れでしたさびは2021年8月1日亡くなりました発見したのはしろさびを富岡町に連れて来て下さったボランティアさん病気で弱っていたわけでもないさび誰かと戦ったのかもしれません雨に濡れた身体の首のあたりに少し血がにじんでいたような跡がありました自然の中で生きていたことでの死もし家の中で飼われていたらここでも たら れば が出てしまいますそれを言っても もはやどうしようもないことさびは自分の猫生を全うして死にましたそれはきっと後悔など微塵もないさびの生き方だったのでしょうさよなら しろさびしろさびとまっちゃん福島の保護猫と松村さんの、いいやんべぇな日々太田 康介KADOKAWA2015-02-20
永遠の しろさびの里 07 しろ 2022年10月09日 福島県双葉郡富岡町 ... 続きを読む 福島県双葉郡富岡町 しろとさびが富岡町にやって来たのは2013年6月私が初めて会ったのが7月4日殺処分をぎりぎり免れてここにやってきたことも知らずにしろは無邪気に走り回っていました2016年3歳になったしろ外で飼われていることに少し抵抗を覚えましたがここは通常の場所ではない原発20キロ圏内車もほとんど通らないところ外を自由に駆け回るしろを見ていてしろはきっと幸せなんだろうと自分に言い聞かせこのままずっと何ごとも起こらないで幸せに暮らしてくれることを願っていましたしろは好きな時に外に出て好きな時に家の中に入れました誰にでも良く馴れたまにしか来ない私のような者にもよく懐いてくれました飼い主さんとの考え方の違いで避妊手術ができずやがてどこから来たオス猫と結ばれしろとさびは同じ時期に2回のお産をしました2回目のお産をした時しろは さびの子どもたちも引き受けることになり自分の子どもたちも含め10匹ほどの子どもたちを育て上げましたそのことにより しろの身体はやせ細りぼろぼろになってしまいましたこのままではしろは死んでしまうと飼い主さんを説得そして富岡町にいたら管理も出来ないからしろはうちに来てもらって療養してもらい体力が回復したところで避妊手術もして必ず富岡町に戻すことを約束して保護したのです予定は3週間まずは手術に耐える身体になってもらうため最初の1週間半はひたすら栄養を付けてもらうそして避妊手術をし残りの1週間半を術後の療養に当てましたうちのまるとは仲良くしてくれましたがとら とは微妙でも居候ということが分かっているのか決してケンカにはなりませんでした残念ながら うちのシロとも相性いまいちで仲良く しろシロ2ショットは撮れませんでしたケンカはせずお互い避けてる感じでしたしろはどんどん回復してきましたちょうど保護していたオレオとマイラとも仲良くふっくらしてきています抜糸も終わり手術の痕も消えつつありお別れの時期が近づいてきました何度何度このままうちの子にとそう思ったか分かりませんしかし しろには飼い主さんがいるこれはどうしようもないことでしたしろさびが待ってるから帰ろうか仲良しの犬の石松も待ってるしケージに入る練習もバッチリよし 帰ろう!いしまつ ただいま!パニックになると困るので周りの環境をしっかり把握するためにケージから直ぐには出さずに様子を見ることにしましたがしろはまったく問題はありませんでしたさびちゃん ただいま!ダチョウのももちゃん ただいま!んー おちつくなあここが あたしのおうちしろは富岡町に戻りましたこれから5年後の2020年しろは突然行方不明になりますしばらく捜してみましたが現在も見つかっておりませんたら れば を思えばきりがありませんがしろは私の心の中でずっとしこりとなって残っている愛しい猫なのです
永遠の しろさびの里 06 2022年05月30日 じつは ... 続きを読む じつは 私も好かれていたのですよというかしろさびは誰でも好きでしたああ しろ しろ大好きだったもちろん さびも大好きだった大好きな しろさびまた会えるのを楽しみにしているよしろさびとまっちゃん福島の保護猫と松村さんのいいやんべぇな日々太田 康介KADOKAWA
永遠の しろさびの里 04 2022年05月29日 しろ さび 散歩いくべ ... 続きを読む しろ さび 散歩いくべ 今日は松村さんちの おじいちゃん(故人)と散歩ですしろさびは おじいちゃんのことも大好きでした今ごろ 天国でおじいちゃんに甘えているかもですね今晩 深夜バスで東京に向かいます初めての利用でワクワクしています何といってもいつもなら眠い目をこすりながら自走していましたが寝ながらにして東京に行けるのです素晴らしい!R.I.Pレスト イン ピースしろさびとまっちゃん
5月3日は 2022年05月03日 せんちゃんの命日です ... 続きを読む せんちゃんの命日です せんちゃんは2011年12月初めて大熊町で会った猫大熊町の山側に入って行ってこれ以上行っても民家はないという一番 山側のおうちに ぽつんといました洗濯機の上にいたから せんちゃんでも洗濯機じゃなくてロッカーだったそれ以降気になって福島に行くとこのお宅に必ず寄るようになりかなりの確率でせんちゃんは私を待っていたのでした当時 私にはこの子を保護する体力はなく餌を置いて帰るのが精一杯申し訳ないと思いながらもどうすることも出来なかったのです年が明け 約半年が経ち2012年5月東京の猫ボランティアさんと行動した時に偶然に せんちゃんに遭遇山の中では生きていけないと思ったのかかれは県道の方まで降りてきていましたボランティアさんは迷わず捕獲器を設置せんちゃんを保護してくれたのです誰かと戦ったのか首に怪我をしていたせんちゃんこの半年 大変な思いをして生きてきたのでしょうもう大丈夫だよ一緒に東京に帰ろうこの子を幸せにするんだと私は覚悟を決めましたせんちゃんは人馴れしていましたきっとあの家の人にご飯を貰って生きていたのでしょうまだ おっかなびっくりだけどそれでも勇気を出してケージから出て来てくれましたほどなく触れるようにもなりあっという間にここまで懐いてくれましたやっぱり せんちゃんは人間と暮らしたほうが良いそう確信しましたよなあ せんちゃん人間と居るほうがいいよな?一緒に寝ることも出来たのですよやがて里親さんも決まり行くまでの間最後のお世話を楽しんでいたところせんちゃん窓を開けて脱走まさか こんなことになるとは馴れてきていたとはいえ外に出たせんちゃんは手では捕まえられず3日後なんとか再保護いやいや良かった再保護した せんちゃんはますます甘えん坊になっていましたしかし せんちゃんをうちで飼うわけにはいかなかった今なら迷わず飼えたのだけど当時は無理だったせんちゃんを連れて大阪へぼくはどこにいくのやさしい里親さんちだよきっと可愛がって貰えるよせんちゃんは 私のブログを見た人が見初めてくださいましたそして3年の月日が流れせんちゃんはうちに帰ってきました里親さんが身体を壊しせんちゃんも身体を壊していてもう面倒が見られないということでしたこの時すでにせんちゃんの身体は限界に来ていたようですせんちゃんは うちに来て3日後亡くなりましたせんちゃんのお骨は故郷に返すことにしましたいつもいた大熊町のお宅の裏の林に埋葬せんちゃんをどうすれば良かったのか保護とはどうすることなのかいろいろ考えるきっかけをくれたせんちゃんその後も何度かここを訪れせんちゃんがいるのではないかと姿を捜してしまう私がいるのです