待ってるよ 3 2011年08月28日 大野駅近く待ってる待ってるのだけど人間が怖い飼い主さんに会わせてあげたいです---------------------------------------------------------私がお世話になっている方のブログの記事「警戒区域の動物たちを見捨てない!」の弱く小さな手保護活動をされているひとりの女性の正直な気持ちが書かれていました皆さんは どう感じましたか? 「福島」カテゴリの最新記事 < 前の記事次の記事 > コメント コメント一覧 (15) 1. 茜色のいわし雲 2011年08月28日 20:45 待っている彼らにはこの5ヶ月という時間は 長かったんでしょうね。 なんとか飼主さんと再会出来て、凍った心が 元に戻ってくれれば良いと思ます。 弱く小さな手 上手く書く事ができませんが、 言葉や文字で表現の出来ない衝動ってあるんですよね。 日々の生活に追われて、 ただ事故や怪我の無いように言って来てくださいと 祈るしかない自分が嫌です。 残された動物達を追い込み、 助けようとする人達さえも追い込んでしまった物の 正体ってなんなんでしょう。 原発?東電?国?人間という存在そのもの? なんにも出来ない自分も追い込んでしまった原因の一つなんでしょうか。 2. 画家 津久井万喜(つくいまき)&医療:福祉を考える 2011年08月28日 20:47 私は 何だろう?正直誤解されてる方が多いですが 直接むかって文句を言われたことがありません、ただここでも 私への批判がありましたが、言い返す言葉は沢山あります。でも他者へご迷惑がかかるので頑張って沈黙しています。しかし本音を言うと このような自分の体かえりみずただ誠実に[助けたい]だけの必死の方を批判するのは とても辛いし 腹がたちます。こういう言葉をきいても 批判を続ける方には限界かもしれない。許せないです。本当に命をかけた 活動に胸がいっぱいです。どうか バカたちは直りませんが、ご自分たちを 誇りに思って下さい!只今病室からですが 何かできないかと考えます 素晴らしい活動に言葉もみつかりません。 3. アデ~ 2011年08月28日 21:05 待っているから…助けたいから…だから行く。 色んなものを犠牲にして。 ワタシもツルツルした言葉しか浮かびません。 申し訳ない、本当にありがたい、ごめんなさい、気をつけて、よろしくお願いします…。 でもやっぱり、ありがとうございますm(__)m 4. aiko 2011年08月28日 21:12 自分たちがやるしかない。 国がやらないから。。。。 私も同じです。 毎週行くわけには行きませんが・・・ でも私はオバサンだから仮に放射能を浴びても大した問題じゃないって気持ちで圏内に行ってるけどささきちさんや若いボラさんには、やはり念には念をいれて入らないほうが良いと思います。 5. ケイママっち 2011年08月28日 21:58 きっとこの子は。 とてもとても、私なんかの想像を 軽く軽く超えてしまうほど、自分の家族の事が 大好きで大好きでたまらなかったのでしょうね。 その家族に再会させてあげたい・・・なのに。 それを遮る、その原因を作ったもの。 「弱く小さな手」拝見しました。 どうしてこんな事になってしまったのか。 万が一間違っても、未来永劫もう二度と、 こんな事が起こらないように。 まるで、どこか遠い国の他人事のようにしか 思っていない人たちにこそ、知って欲しいです。 6. HAGI 2011年08月28日 22:26 どんなに言葉を並べても、どの言葉も科軽々しくなってしまう私の言葉・・・ やはり行動に起こして動いている方の言葉には重みも想いもあります 心に刻まれる言葉 政府の方々にどうすれば届くだろうか・・・ 7. あにゃ 2011年08月28日 23:00 私に何か出来るでしょうか? 助けてあげたい、助かって欲しい…でもボランティアする事も、自分で動く事も出来ない自分がもどかしくて、ただただ涙を流すしか出来ない。 ごめんね。 8. はなぽん 2011年08月28日 23:32 声をあげること、何か方法はないでしょうか? 今回のパブリックコメントで感じましたが、動物愛護について知識はなくても、お知らせすると、大きな関心を寄せて下さる方が多いのです。 自分にできることがわからない、というのが本音ではないでしょうか?もう一度、何か署名とか、少しでも声をあげることができたら、と心から思います。何かありますか? 放射能がからんでいる、とても難しい問題である事はわかっています。私は京都在住ですが、チェルノブイリの例をみても、なんら問題ない、とは言いきれないと感じています。 正直、みなさんの事も案じております。 でも、動物たちは待っている。 八方塞がりのように感じてしまいますが、どこかに出口があるのでは、と希望も持ちたいです。 勝手に救出に行ったんでしょ?とは言わせたくない。 9. nadeshiko 2011年08月28日 23:56 ある報告会でまだ子供も産んでいない若い女の人が圏内に救出行っている事を目の当りにした時、何か物凄く自分は間違った支援をしているのでは無いだろうかと愕然としました。 もし、自分の娘なら泣いて止めてくれと言うだろう事を「頑張ってね」とはとても言えなかった。 今も、動物は助けたい、でも娘を持つ身として親御さんはどんなに心配だろう、もう止めて欲しいという気持ちに折り合いが付きません。 動物シニア救助隊の予備に登録していますが、 声はかかりません。 結局、私がいつも最後に行き着くのは、これでは戦時中若い人を旗を振って送り出したおばさんといっしょじゃないかという自己嫌悪です。 10. アラレMUMのyuki 2011年08月29日 04:13 ずっと先に いいえ まだ言葉にすることができません 自分の心の声を言葉にすることが 怖いんです 今できる事を自分なりに続けます 11. みーこのママ 2011年08月29日 07:49 弱く小さな手 を読み、気持ちが塞いでしまいました。あのように若い方々でなく、私達のような年寄りがすべきことではなかろうかと思うのです。放射能の影響が出てくるころには もう死んでいます。気持ちはあるのですが、行動力の無さにうんざりしております。車の運転もできず、体力にも自信がもてません。気持ばかりあってもしかたがないなあ、と悲しむばかりです。なんとか そういう活動をしておられる方々の支援はしたいと願っています。 もうーすさんはじめ、救済ボランティアをしてくださっている方々に心よりありがとうを申し上げたいです。 12. しょんぴ 2011年08月29日 11:39 「弱く小さな手」 読ませていただきました。 私は仙台に住んでいます。以前は福島に住んでいたので、知り合いもたくさんいます。持ち家もあります。 震災後、ずっと後方支援として毎月自分の出来る範囲で支援物資を複数の団体に送らせて頂いていました。 でも、現場で頑張っている人たちは本当に色んな葛藤の中、頑張っている事がわかりました。もしかしたら、将来的に自分の体に何かが起きるかもしれない恐怖・・・ 本当にうまく言葉に出来ませんが、感謝と言う言葉のみです。 これからも後方支援を続けていきたいと強く感じました。 13. ミーコ 2011年08月29日 16:15 助かる命で紹介されていたイチゴちゃんはどこかへ行ってしまったように書かれていたのを見掛けました。そしてもうおそらく・・・と。違っている事を心から願います。何かご存知ありませんか? 14. 空ママ 2011年08月30日 23:16 弱く小さな手 読ませていただいてから2日間 ただただ、活動されている方達の "ほっとけない""救いたい" 身体が心が動いてしまう どんなに大変な事か分かっていても自分に嘘はつけないから その事に改めて「何もしていない」自分に苛立ちます。 先日、福島県の親戚、友人と会いました 色々な話を聞きました もうーすさんの本を渡してきました 実際、そういう活動を行っていると聞いたことがあるくらいで本を見るまでは遠い話しに思えていたと泣いていました。 みんな心は動くはず... なのに、行動には移せない それは原発が怖いからじゃない色々な事情なのだけど でも、本当は一度 自分の目で足で身体で感じなければいけないのかもしれませんね。 何もかも失っても小さな家族だけは助かりますよう いつか、必ず家族が一緒にともに暮らせますよう祈るばかりです。 15. taoru 2011年08月31日 18:28 動物を救いたいという気持ち。 国の、入場を禁止することで人を守りたい気持ち。 どちらにも一理ある。 でもどうしようもなく動物を救いたい気持ちも理解できる。 先日、神社に行きました。安産が御利益の神社でした。 私はそこで【東京にいる友人達が子どもを産みたい時に無事に生めますように】と願いました。祈りながら涙がでそうになった。 空は晴れるし、電車も通っているし。本当に普通の日常があるのに、なんでこんなことになっているんだろうって思った。 あのブログにあった健康への怖さは多分私があのとき神社で思った感情と近い何かがある気がしています。 コメントフォーム 名前 コメント 記事の評価 リセット リセット 顔 星 情報を記憶 コメントを投稿する トラックバック
コメント
コメント一覧 (15)
長かったんでしょうね。
なんとか飼主さんと再会出来て、凍った心が
元に戻ってくれれば良いと思ます。
弱く小さな手
上手く書く事ができませんが、
言葉や文字で表現の出来ない衝動ってあるんですよね。
日々の生活に追われて、
ただ事故や怪我の無いように言って来てくださいと
祈るしかない自分が嫌です。
残された動物達を追い込み、
助けようとする人達さえも追い込んでしまった物の
正体ってなんなんでしょう。
原発?東電?国?人間という存在そのもの?
なんにも出来ない自分も追い込んでしまった原因の一つなんでしょうか。
色んなものを犠牲にして。
ワタシもツルツルした言葉しか浮かびません。
申し訳ない、本当にありがたい、ごめんなさい、気をつけて、よろしくお願いします…。
でもやっぱり、ありがとうございますm(__)m
国がやらないから。。。。
私も同じです。
毎週行くわけには行きませんが・・・
でも私はオバサンだから仮に放射能を浴びても大した問題じゃないって気持ちで圏内に行ってるけどささきちさんや若いボラさんには、やはり念には念をいれて入らないほうが良いと思います。
とてもとても、私なんかの想像を
軽く軽く超えてしまうほど、自分の家族の事が
大好きで大好きでたまらなかったのでしょうね。
その家族に再会させてあげたい・・・なのに。
それを遮る、その原因を作ったもの。
「弱く小さな手」拝見しました。
どうしてこんな事になってしまったのか。
万が一間違っても、未来永劫もう二度と、
こんな事が起こらないように。
まるで、どこか遠い国の他人事のようにしか
思っていない人たちにこそ、知って欲しいです。
やはり行動に起こして動いている方の言葉には重みも想いもあります
心に刻まれる言葉
政府の方々にどうすれば届くだろうか・・・
助けてあげたい、助かって欲しい…でもボランティアする事も、自分で動く事も出来ない自分がもどかしくて、ただただ涙を流すしか出来ない。
ごめんね。
今回のパブリックコメントで感じましたが、動物愛護について知識はなくても、お知らせすると、大きな関心を寄せて下さる方が多いのです。
自分にできることがわからない、というのが本音ではないでしょうか?もう一度、何か署名とか、少しでも声をあげることができたら、と心から思います。何かありますか?
放射能がからんでいる、とても難しい問題である事はわかっています。私は京都在住ですが、チェルノブイリの例をみても、なんら問題ない、とは言いきれないと感じています。
正直、みなさんの事も案じております。
でも、動物たちは待っている。
八方塞がりのように感じてしまいますが、どこかに出口があるのでは、と希望も持ちたいです。
勝手に救出に行ったんでしょ?とは言わせたくない。
もし、自分の娘なら泣いて止めてくれと言うだろう事を「頑張ってね」とはとても言えなかった。
今も、動物は助けたい、でも娘を持つ身として親御さんはどんなに心配だろう、もう止めて欲しいという気持ちに折り合いが付きません。
動物シニア救助隊の予備に登録していますが、
声はかかりません。
結局、私がいつも最後に行き着くのは、これでは戦時中若い人を旗を振って送り出したおばさんといっしょじゃないかという自己嫌悪です。
いいえ まだ言葉にすることができません
自分の心の声を言葉にすることが
怖いんです
今できる事を自分なりに続けます
私は仙台に住んでいます。以前は福島に住んでいたので、知り合いもたくさんいます。持ち家もあります。
震災後、ずっと後方支援として毎月自分の出来る範囲で支援物資を複数の団体に送らせて頂いていました。
でも、現場で頑張っている人たちは本当に色んな葛藤の中、頑張っている事がわかりました。もしかしたら、将来的に自分の体に何かが起きるかもしれない恐怖・・・
本当にうまく言葉に出来ませんが、感謝と言う言葉のみです。
これからも後方支援を続けていきたいと強く感じました。
読ませていただいてから2日間
ただただ、活動されている方達の
"ほっとけない""救いたい"
身体が心が動いてしまう
どんなに大変な事か分かっていても自分に嘘はつけないから
その事に改めて「何もしていない」自分に苛立ちます。
先日、福島県の親戚、友人と会いました
色々な話を聞きました
もうーすさんの本を渡してきました
実際、そういう活動を行っていると聞いたことがあるくらいで本を見るまでは遠い話しに思えていたと泣いていました。
みんな心は動くはず...
なのに、行動には移せない
それは原発が怖いからじゃない色々な事情なのだけど
でも、本当は一度 自分の目で足で身体で感じなければいけないのかもしれませんね。
何もかも失っても小さな家族だけは助かりますよう
いつか、必ず家族が一緒にともに暮らせますよう祈るばかりです。
国の、入場を禁止することで人を守りたい気持ち。
どちらにも一理ある。
でもどうしようもなく動物を救いたい気持ちも理解できる。
先日、神社に行きました。安産が御利益の神社でした。
私はそこで【東京にいる友人達が子どもを産みたい時に無事に生めますように】と願いました。祈りながら涙がでそうになった。
空は晴れるし、電車も通っているし。本当に普通の日常があるのに、なんでこんなことになっているんだろうって思った。
あのブログにあった健康への怖さは多分私があのとき神社で思った感情と近い何かがある気がしています。