とうとうこの時がやってきました
被ばくしてしまった家畜は圏外には移動禁止
20キロ圏内が2011年4月に警戒区域に設定されてから
そういう指示が出ていています
警戒区域により立ち入りもできなくなった農家さんたちは
家畜たちを世話しに行くことも出来ず
また世話が出来るよう安全なところに移動させることもできずに
ただただ彼らが餓死していくことを見ていることしか出来なかったのです
あれから3年以上が過ぎ
鶏や豚などは殆ど死にましたが
かろうじて生き残った牛たち約650頭
お金を生まない 「ただの牛」 になってしまっても
諦めない農家さんや団体の手によって生かされ続けています
収入のなくなった状態での飼育
大変厳しいことです
牛たちを殺さないでと私たちがいくら叫んでも
生かすにはお金が必要
いかにお金を使わず餌を手に入れるかで
さまざまな人たちが知恵を出し合い行動しています
現在 福島近県での汚染された餌を無料で頂くために
奔走している団体もありますが
餌は無料でも膨大な運送代がかかるのです
その運送代も支持者の方々の寄付で賄われていますが
いつまでも続くものではありません
このまま行けばジリ貧になり1年後には・・・
20キロ圏内で最大の350頭の牛を抱える 「希望の牧場」
代表 吉沢氏が決断しました
今までいくら嘆願しても変わらなかった全頭殺処分の方針
この状況を打破するために「被ばく牛の圏外持ち出し」を実行されたのです

農水省

あらかじめ新聞の報道やネットでの告知がありましたので
報道陣 支援者などが集まっています

福島県庁で時間がかかったのと
牛の体調をみながら休み休み走っていることで到着が遅れています

予定より1時間半遅れで到着
吉沢さんの街宣車のあとに牛を乗せたトラックが続きます

報道陣や警備の警官が集まってきました

トラックを運転してきたのは松村さん
松村さんも牛を抱えて生かすために頑張っています
このままでは生かし続けることができないという危機感からの行動です

霞ヶ関に被ばく牛がやって来たことは大変なニュースです
被爆しているのは牛であって 人にうつったりするものではありません
誤解の無いように
中には糞尿を心配する方もいらっしゃいましたが持ち帰っています

農水大臣に向けての 吉沢さん松村さん御二人の抗議演説が始まりました

騒ぎが起こっている反対側で見守る二人
木野村事務局長と伊東獣医です

それから忘れてはいけません この方
鳥澤さんですね
演説中も牛を心配そうにみています

いよいよ牛を降ろす準備が始まります
警官たちはそれを阻止しようとしています
吉沢さんは 斑点牛を農水省玄関に連れて行き
大臣に直接見ていただこうとしています

「牛の具合が良くないんだよね」
伊東獣医がつぶやきます
初めての車による長距離移動
この日は気温も高かったので軽く脱水症状もあったと思います
水は与えてはいますが飲もうとしません
口から泡を吹いて涙を流しています

荷台が斜めに持ち上げられ 降ろす準備が整いました
警官が荷台に乗り込み阻止しようとします
決定的瞬間を捉えようとする報道陣

「危ないですから!」
「おまわりさんが危ないよ」
そんな押し問答が数分続きます
その渦中に居る牛
何が起きたのか分からず戸惑っているように見えます
見ていて本当に胸が痛い

ドクターストップ
伊東獣医が割って入りました
吉沢さんも牛を降ろすことを断念
やはり最終的には牛のことを考えてのことだったのでしょう
支援者の方々も 私も ほっとした瞬間でした

騒ぎを見守る「希望の牛」

警察官たちも一安心

長野から日帰りで駆けつけてくださった方

農水省から環境省へ場所を変えます
石原環境大臣の「金目」発言にも抗議

鳥澤さんが牛の体調を心配しています

支援者の方も 牛の具合が気になります

役目を終えた牛は 環境省向かいの日比谷公園側の木陰に駐車
牛を降ろせないように警察車両が 後ろにぴったりとくっついています

牛の体調を心配してウィズキャトルの和田くんも来ていました
伊東獣医 鳥澤さん そしてサポーターの方々が世話をしていました

吉沢さんや松村さんは経産省へ
牛の周りは静かになり 牛も落ち着いてきました
食欲も出てきて 差し入れられた野菜やりんごも食べました
なんとか安定したようです
お世話してくださった方々に感謝です

霞ヶ関に牛
道行く人はぎょっとしていました
この後 牛はこれ以上無理はさせてはいけないという伊東獣医の指示で
事務局長みずからの運転で福島に帰って行きました
牧場に到着してからも 牛の状態は安定しているようですよ

金曜日恒例の「原発再稼動抗議集会」に参加です
ホイッスルを吹きながら行進です
希望の牛が人目を引きます


国会前までやってきました


「希望の牧場がんばれ!」
応援の声が飛びます



国会前での演説です

松村さんも全身を使い訴えます

はたして お二人の声は国に届くのでしょうか
禁じられている20キロ圏内 旧警戒区域外への移動や
長時間にわたる牛の移動など
問題も多々あった 今回の行動
確かに ここまでしなくても と見ていて辛いものはありました
しかし考えてみれば
国の方針は何も変わらず ただただ殺処分
生かしたければ勝手にどうぞ
でも何の援助もしませんよ という姿勢を崩していません
お金を生まない牛たちを生かし続けるには
大変な労力と資金が必要です
人間でさえ置き去りになっている復興計画
動物のことなど二の次のようです
人間の思惑で命が左右されてしまう動物たち
もともと家畜は人間のために死んでいくことが役目ですが
震災 津波 被ばくという特殊な状況を乗り越えて生き残った約650頭です
今回の行動が国にどれくらい響いたかは分かりませんが
諦めずに生かし続けている
他の農家さん 希望の牧場 松村さんの想いが届くよう願っています
3000余頭の無意味に死んでいった牛たちのためにも
これからも私たちは声を上げ続けねばなりません
コメント
コメント一覧 (10)
まさかこんなに目立ってしまうとは思わなかったのですが(笑)、プラカード作っていってよかったです。
太田さんが書かれておられるように、牛くんを降ろそうとした時、怒号で騒然となってしまったのは可哀想でした…。
希望の牧場を応援している方の思い、私のような動物好きもいれば、反原発の強い意思のある方、いろいろなんだと知りました。
農林水産省に皆の思いが届いていますように。
牧場に帰っても、体調が安定しているとのことでホットしました。
一度に大金の寄付できないから、
寄付なんて言うには恥ずかしいくらい少ない。
『自分の収入の3%』
それを目安に私は寄付したいのです。少ない、けど私には精一杯の限度額。
それを毎月。
そういう思いの方はきっといらっしゃるはず。
一人が小さい額でも、そういう思いの方が寄付という行為をしてくださったら。
少ない額を気軽に定期的に寄付させてもらえる方法はないのでしょうか?
福島は40年間、東京のために電気を送っていたのに今、捨てられるんだ、のコメントが突き刺さりました。
そう。私が生まれるかそこらの頃に、福島の原発工事が始まり、私は停電の経験はした記憶は全くありません。電気なんて、点いて当たり前。あって当たり前でした。
東京の人間の無知を恥じつつ、私も私なりに、伝えていきます。
通りすがりですが、今回の抗議で吉沢さん達の活動を知ったものです。気になって調べていたのですが、希望の牧場のサイトに支援基金の案内が載っています。私も少しずつですが、応援させて頂こうと思っています。
確認しました。ありがとうございました。
わずかでも、継続して協力させてもらいます。
活動して下さる皆さんに感謝。
牛さん お疲れ様でした。
食肉用の牛を斑点牛なんて表現したら風評被害は収まりませんし被曝牛は根絶やしにするべきだと都会人は思うはずです。
私はこのブログを読み、書籍を読んで福島に通い始めております。ただただ、置き去りにされた猫のために少しでも役に立ちたいという気持ちからひたすら給餌用のキャットフードを支援し続けておりました。色々な考え方が存在するのは分かっておりますが、原発反対を訴えるのではなく自宅に戻る事を望む住民のために何が出来るかを真剣に考えてみないと太田さんのこれまでの活動は避難住民の方達から正しくは理解されないはずです。
また、1年前に希望の牧場を訪問した際に吉沢氏から上のコメントにあるような事を言われましたが過疎で悩む浜通りに原発を誘致したのは地元自治体の意志です。東京マネーで地方の財政は支えられており、避難生活を支えている費用は日本一高い電気料金を支払わされている東電管内に住む私たちが負担をしております。
東京で生まれ育った私には東京が故郷です。
東京を悪く言われては面白くない。
東京の為に福島が犠牲になっていると意見もあったのでその償いとして私費を投じて福島支援をを行っております。
批判もあるでしょうから今回は匿名でコメントさせていただきました。
牛たちを守ろうという思いは理解できますし、伝えることも大事だと思います。ただ福島からわざわざ牛を連れてくる必要はあったでしょうか。勝手をいうようですが、それだけが気になりました。思いが強すぎるがゆえに、伝える方法を誤るようなことがないようにと願うばかりです。