双葉町の記憶 その2です
国道6号は
当時 原発関係者の車両の行き来があったので
それほど犬猫は見かけませんでしたが
今回 通行が可能になった
国道に並行する旧道や脇道には
何匹もの猫たちが生きていた
かれらの命は
ボランティアさんたちが置く餌で
ギリギリ保たれていたのです
しかし
誰もが餌にありつけていたわけではなく
犠牲になるものも
少なくありませんでした
いや
犠牲になる方が多かった
私たちが目視で確認できる遺体など
たかが知れていたことでしょう
そしてここにもダチョウが居ました
旧道と県道が交差する場所
これは先日撮影したもの
国道に向かって
ゆっくり歩くメスのダチョウ
隣町の大熊町から移動してきました
このダチョウはさらに国道を北上し
双葉町から浪江町まで
行ったことが分かっています
距離にして15kmも移動していました
その後どうなったのか・・・
地震で崩れた家屋
波打つアスファルト
電気も何もない
夜には暗黒になってしまう
絶望の中にかれらは居たのです
国道6号は
当時 原発関係者の車両の行き来があったので
それほど犬猫は見かけませんでしたが
今回 通行が可能になった
国道に並行する旧道や脇道には
何匹もの猫たちが生きていた
かれらの命は
ボランティアさんたちが置く餌で
ギリギリ保たれていたのです
しかし
誰もが餌にありつけていたわけではなく
犠牲になるものも

いや
犠牲になる方が多かった
私たちが目視で確認できる遺体など
たかが知れていたことでしょう
そしてここにもダチョウが居ました
旧道と県道が交差する場所
これは先日撮影したもの
国道に向かって
ゆっくり歩くメスのダチョウ
隣町の大熊町から移動してきました
このダチョウはさらに国道を北上し
双葉町から浪江町まで
行ったことが分かっています
距離にして15kmも移動していました
その後どうなったのか・・・
地震で崩れた家屋
波打つアスファルト
電気も何もない
夜には暗黒になってしまう
絶望の中にかれらは居たのです








コメント
コメント一覧 (5)
uchino_toramaru
が
しました
uchino_toramaru
が
しました
でも、現実にあった事。そして私を含む多くの人はその事実に思い到りもしなかった…
せめて真実を知り、哀しく孤独に消えて行った子達の事を忘れない事、もしまた何かあった時は自ら動ける人間になること。
教えて下さり、ありがとうございます。
uchino_toramaru
が
しました
1人ぼっちで食べ物を探して彷徨わなくてはならないダチョウだったら、
側溝に落ちて立ち上がれなくなった牛だったら
人間に備わっているはずの 想像力 はどこ行った?
悲しい事実、
でも二度とこんな悲しことにならないようにすることはできるはず
太田さんのブログや本からは、いつもそんなメッセージを感じます。
uchino_toramaru
が
しました
みんながそこにいたこと忘れないからね…!
もーすさんの貴重なお写真を拝見するたび
とてもつらいけれど
絶対に忘れません
折々に思い返すことで
少しでも供養になればと思っています…
悲しみの記憶に蓋をしてしまわないで
何度でもみんなを思い出すよ!
のちの世に伝えていくよ!
どうか安らかに眠って下さいね………
また同じことが繰り返されないように
祈り…行動していきたいです!!!!!
uchino_toramaru
が
しました