うちのとらまる

2002年、近所で生まれた野良の子「とら」と「まる」。飼い始めてその可愛さに魅了され撮影を始めました。今ではうちの猫「とらまる」だけでなく、過酷な条件で生きている外猫たちに少しでも力に成れればと思い、自分の活動を始めております。ご質問などございましたら otacats2@yahoo.co.jp こちらにお願いいたします。 2011年に起きた東日本大震災により、事故があった福島第一原発20キロ圏内の取り残された猫たちのために、現在も給餌活動を続けています。

カテゴリ:福島 > 福島の記憶

福島で保護した せんちゃんの命日です                                                                                                               ... 続きを読む
福島で保護した せんちゃんの命日です
                                             
                                             
                                              
2011年12月

震災の年の暮れ

警戒区域で立ち入りが制限された

福島の大熊町の町はずれのお宅に

ぽつんといた一匹の猫

それが せんちゃんでした




l5609
下のロッカーを

洗濯機と間違えてしまい

洗濯機の上にいたから

せんちゃん

という名前に(笑)




当時 私は うちで保護する体力はなく

餌を運ぶのが精いっぱい

しかし

出会って半年後

2012年5月

知り合いのボランティアさんと

一緒に活動している時に遭遇




l4757
こんなところに

残しておくわけにはいかないでしょうと

ボランティアさんが有無を言わさず捕獲

うちで引き取ることになりました





lsenchan
うちに来た せんちゃん






最初の頃は慎重で

なかなかケージから出てくれません

ご飯で釣って出てもらうようにして

最終的には撫で放題に





ひたすらブラッシング

きもちいい せんちゃん



やがて里親が決まり

さあ翌日受渡しというところで

せんちゃん窓を開けて脱走

すったもんだしましたが

なんとか再捕獲し せんちゃんは 大阪へ




3年後

2015年5月




せんちゃんは うちに帰ってきました

里親さんが体調を崩してしまい

せんちゃんのお世話が

もう出来ないとのことでした

そして せんちゃんも体調を崩しており

帰ってきて1週間もしないうちに死亡





l8079
せんちゃんは彼が生まれ育った

福島の地

洗濯機の上にいたお宅の

裏の林に埋葬

本当ならもっと生きられたかもしれない

せんちゃんに 詫びました





l8276
こちらのお宅も やがて解体され

すっかり様変わりしていたと思います




原発爆発から1年3か月

せんちゃんはひとりで生きていました

せっかく頑張って生き残ったのに

保護して

たった3年で逝かせてしまった

すべては私の責任

言い訳のしようがありません

だから せんちゃんは私にとって

絶対に忘れてはいけない猫なのです







スモールにっこり02
おたがい
なかよくなるひまがなかったね
やさしいねこ



忘れもしない                                                                                                                          ... 続きを読む
忘れもしない
                                            
                                             
                                             
2011年7月

私は福島第一原発20キロ圏内

南相馬市小高区の村上海岸にいました



l0856
そこで出会った一匹の犬

くるみというミニチュアダックスフント
(2011.7)



くるみ



その10年後

先日 行ってまいりました




l04638
津波から逃れるために

飼い主さんと駆け上った坂道



l04633
幸い津波は

ここまでは到達しませんでしたが

周りは海と化し

完全に孤立することになりました

避難した方々は

こちらで一晩過ごしたそうです

3月の寒い時期です

人も犬もどれほど不安だったことでしょう


翌日 人間はヘリコプターに救出されますが

犬は乗せられないと

この場所に置いて行かれてしまいました

ミニチュアダックスくるみの

約半年間にわたる苦しみは

ここから始まったのでした



l04641
くるみが半年も生き延びられたのは

この湧水があったから

餌は地元の住民の方やボランティアが

立入禁止である警戒区域を無視して

潜入し置いていた

キャットフードが唯一の食べ物



l04645
水は今でも湧き続けていました




l04647
この小高い丘は

昔にも高波の被害を免れたようで

波切不動尊というお堂があります




l04651たくさんの命を守ってくださり

ありがとうございます



10年経っても

お地蔵さまやお堂が

未だに放置されているのが気になります

いったいどうしたのでしょうか





l0921-02
走って逃げる くるみ
(2011.7)

人が来た! と

差し伸べた手に飛び込んでくれたら

助かっていたのです

しかし彼女は

飼い主さんにしか心を開いていなかった



l04660
飼い主さんと毎日散歩した堤防は

すっかり様変わりしていました




警察の目を

かいくぐりながらの捜索だったので

満足な活動ができず

結果くるみは亡くなってしまいます

彼女が飼い主さんに会えたのは

亡くなった翌日のことでした




l3348
津波から多くの命を救った村上の丘
(2011.8)

しかしわれわれ人間は

犬一匹

くるみの命すら

救うことができなかったのでした












今日は もう一つ                                                                                                                         ... 続きを読む
今日は もう一つ
                                             
                                              
                                             
福島の写真を漁っていたら

ミヨコさまの写真が出て来ました




l6957
ご飯 きれいに食べたねえ



l6955
私が外で「えさ台」を製作していたとき

ミヨコさまが現れたんです




6963
2013年5月

のこされた猫たちに餌を与えたくて

「えさ台」の量産が始まりました



家の中には とらまるシロ



l6959
外にはミヨコさまを筆頭に

ぽー そんごくう

しっぽまるや はなちゃんその他




l7974
そして

福島には のこされた猫たち

かれらのために作った「えさ台」は

最大で55カ所 55台

猫にまみれた生活をしていたのですよ












10年が経った牧場                                                                                                                       ... 続きを読む
10年が経った牧場
                                             
                                             
                                             
l1363
春の暖かい日




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食事を終えた牛たちは

思い思いの場所で寛いでいます



l04477
「なんだ おまえは」



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「こっちくんなよ」



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ちょちょっとだけ



ちょっとだけ近づいて撮影させてね




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「あーモウー(怒」

面倒くさそうに立ち上がり

場所を移動します

ごめんごめん

勘弁してね



この日は本当にのどかな日でした



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約10年前の

2011年4月17日

この日も のどかな日だったのです

しかし

牛たちの様子は全く違っていた





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2011年4月17日

牛たちがいると聞き

訪れた吉沢牧場




l8440
「決死救命を!」?

なんだこれは・・・

あとから分かるのですが

この言葉は 自衛隊のヘリが危険を冒して

原発の建屋に注水作業をしているのを見て

彼らが命を懸けて活動していることに

感動して描いたそうです





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牛たちが集まっているところに

足を踏み入れたら とんでもないことに




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私を見て餌を貰えると思ったのか

約100頭の牛たちが

こちらに向かって集まり出してきました

当時 牛に耐性がなかった私は

大慌てで車に乗り込み

牧場を逃げ出したのを覚えています


何も出来ないくせに

牛たちに希望を持たせてしまったことが

本当に申し訳なかった

恥ずかしい私の記憶です



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ガツン・・・

ガコン・・・


固いものが当たる音の方を見てみると




l04580
戦っている雄牛がいた

何のために戦っているのかは分かりませんが

牛たちの自然な姿を見れたことに

少し感動してしまいました




私は

かれらは無気力で感情もそれほどなく

人間の言いなりになり

大人しく殺され肉となっていく

かつての私は思考停止していて

そんな風に思っていました

いや そう思おうとしていた




l04582
でも現実は違う

かれらは「何か」のために真剣に戦ったり

さまざまな表情を見せてくれます

「牛たちが自然な表情を見せてくれますー」



口で軽く言うのも申し訳がありません

その状態を維持するために

どれほどの労力が掛かっているか

そこにまで思いを馳せなければ




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吉沢さんは希望の牧場は 牛を生かし続けます

何故生かし続けるのか

その理由を覚悟を

是非 牧場を訪れて確認してみてください









3月27日                                                                                                                           ... 続きを読む
3月27日
                                             
                                              
                                              
私が初めて福島を訪れたのは

3月30日

あと3日で10年になります




l04337
水平線からの日の出に間に合わなかった

暖かい春の夜明けです



今回は余裕をもって

1泊することにしました

滋賀から来て日帰りはもったいなすぎる

なんて思ってたら

一日目で体調を崩し

身体が辛くて

寝込むことになってしまいました

ホテルに入って早々に眠り

眠りに眠って12時間(笑)

翌日も体調すぐれず

お昼には福島を離脱

散々な訪問になってしまったのでした



しんどいながらも

いろいろな場所を訪れ

現在の風景を見ながら

10年前に想いを馳せます





l04623
目的地に行く途中で通った道

はたと思い出しました




そう

ここは海が近くて津波の被害があった場所

そしてここには犬がいた



l犬01
ぽつんといた犬

近づくと逃げてしまう

フードを置いてやることしかできなかった




この辺りは南相馬市の井田川地区といい

津波で24人の犠牲者が出たといいます




l04628
その慰霊碑が出来ていました

碑に刻まれた

24人の犠牲者の名前と年齢

お年寄りの方々が多い中に

若いお母さんと0歳のお子さんの名前が

刻まれていました

お子さんのあまりにも短い人生に

胸が詰まります

お母さんも必死で

子供を守ろうとしたに違いありません



お若いふたりが亡くなり

私は生きている

生かされている その意味は何なのか

これまでは自分のことだけを考えて

私は生きてきたのです

しかしやっと最近 他者のために

何かをしなければという気持ちが

身体の奥の奥の方から

沸々と湧き出て来ました

猫のために動きたい

たかが猫と言われても

一個の命を守るということが

どれほど尊いか

一個の命を守ること慈しむことが

すべてに繋がるのだと思っているのです












10年が経ちました                                                                                                                       ... 続きを読む
10年が経ちました
                                             
                                             
                                             
町や里の姿は

すっかり変わってしまった所も多いのですが





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桜の木は10年間

何も変わらず

毎年 花を咲かせていました

(2021年3月 浪江町)




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(2011年4月 小高区)


みんな 帰ってきてよ

動物たちを迎えに来てよ


私が心の中で叫んでいた頃です





l8649
猫たちは起きていることに

まだ理解が追い付いていない

(2011年4月)



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知らない人間だからといって

逃げている場合ではなかった

とにかく

人間を見たら 助けてと声をあげ

飛んでこなければいけなかったのです

(2011年4月)





l9153-02
翌年(2012年4月 富岡町)





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(2012年4月 富岡町)

この時点では自由

でも

このままずっと生きていけるはずもない

すでに殺処分が始まっている

彼らの運命を想うと

申し訳なさで胸がいっぱいになりました




l9151
(2012年4月 富岡町)

有名な桜並木

それがどんなに虚しく見えたことか






(2012年4月 富岡町)

とても桜を楽しむどころではなく

どうやって警察の目をかいくぐり

猫たちに餌を与えるか

そのことばかり考えていました







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今年3月

桜を見るのは嫌いじゃないです

でも福島の桜を見るのは好きじゃない

それは

あまりにもいい思い出がないからなんです








家を守っていた柴犬に遭遇してから堰を切ったように続々と現れる犬たち                                                                                               ... 続きを読む
家を守っていた柴犬に遭遇してから

堰を切ったように続々と現れる犬たち
                                              
                                             
                                             
場所は南相馬市小高区

まだ20キロ圏内に入って

2~3キロしか進んでいません





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交差点の真ん中で寛ぐ犬がいました

車を降りてフードを用意していると




3759
嬉しそうに耳を寝かせ近づいてきます




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ほら ご飯を用意したから

早く食べなさい


でも犬は人の方が気になるようでした





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お前も家から離れず

飼い主を待っているんだね




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家の近くなのかもしれませんが

さまよっている犬も




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お前の飼い主さんはどこに行ったんだろう




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家の敷地には居るけれど

お隣の犬が気になるコーギー




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l3795



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お隣の犬たち




皆 飼い主さんを待っていたのです





飼い主の帰りを待っていた柴犬                                                                                                                  ... 続きを読む
飼い主の帰りを待っていた柴犬
                                            
                                            
                                             
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ひとがきた!




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フードを食べるも

胃が受け付けなかったようでした






何度も何度も吐き戻しては食べる


ムービーがあったので見てください

お腹が減っていても

耳を寝かせてすり寄って来る柴犬

人恋しかったのがよく分かります




福島の記憶2の続きです                                                                                                                     ... 続きを読む
福島の記憶2の続きです
                                            
                                           
                                            
柴犬は家を守るため

家から離れず

飼い主の帰りを待っているようでした



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こちらの姿を見つけると

トトトトっと駆け寄ってきます

急ぐでもなく

しかし嬉しそうに




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どうした  お腹が減っているのか?

用意していたドッグフードを用意してみる





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こちらへ来る歩調とは打って変わって

フードへの食いつきは激しい




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お腹が減っていたんだね・・・

いっぱいお食べ




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食べたのはいいけれど

すきっ腹にいきなり食べたからなのか

やがて吐き出した

でも吐き出したものをまたすぐに食べる


ああ・・・

飼い主さん

あなたの忠実な犬が苦しんでいますよ

3月30日現在なら

20キロ圏内でも自由に入れるのですよ

どうかどうか迎えに来てやってください



この子を皮切りに

このあと何頭もの犬たちに出会い

自分個人の力の限界を思い知るのでした




国道6号線が進めなくなったので                                                                                                                 ... 続きを読む
国道6号線が進めなくなったので
                                           
                                            
                                             
一度20キロの規制ラインまで引き返し

津波が及んでいない

内陸側の枝道を進むことにしました




l3689
そこで見た初めての動物は 馬でした

犬や猫を予想していた私は

突然の大型動物におったまげました

しかも繋がれても居ずフリーです



l3700
厩舎の方を見ると

事態は深刻なことになっていることが

分りました


そうか

ここも津波でやられてしまったんだ

中には生きている子や

息絶えた子がいました

助けることも出来ない自分は

逃げるようにこの場を離れたのです




l3746
2011.3.30

無人のJR常磐線 小高駅


猫を求めてどんどん進みます




l7545
一軒の家に柴犬がいました



繋がれてもいず

家から離れようとしない子

そうか

お前は家を守っているんだね

それが仕事なんだろうね

飼い主さん帰って来るかな

とりあえずご飯をあげなければと

準備を始めます



このあと

堰を切ったように

置き去りにされた犬たちと

遭遇することになるのです




10年経ってもう一度福島を振り返ってみたいと思いました                                                                                                     ... 続きを読む
10年経って

もう一度福島を

振り返ってみたいと思いました
                                            
                                            
                                             
l3542
2011年3月30日早朝


初めて行った場所が

南相馬市の海岸で そこには

津波に破壊された東北電力の

原町火力発電所がありました



l7470
鉄骨がねじ曲がってる・・・



l7475




l3567




l7480
この車たちの持ち主はどうなったのだろうか



l3650




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私が津波の破壊力の凄さを

初めて思い知った場所です




l3681
海岸から国道6号線に戻り南下

そこには規制線が張られていました

ここが福島第一原発20キロラインだったのです

立入禁止と謳われてはいますが

当時は誰も管理していず無人

出入りは自由でした

写真の人は近所にお住まいのかた






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規制線を動かして進入

第一原発に向けて南下することに

道路は泥が堆積しています




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しばらく進みましたが

道路は津波で流されてきた木々で

寸断されていました





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被害があまりにもありすぎて

当初何を撮影していいか混乱しました



やがて落ち着いてきて

本来の目的のために動くことにしました





ぼくは動物たちのために来たんだと