ナナぱぱ松本氏問題で説明させていただいた
   
一時立ち入りの話の続きです



この記事はナナぱぱ松本氏は関係ありません
                                              
                                              
                                               
                                                





 

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国道6号線 第一原発20キロ圏内南端である楢葉町の検問
ここを自由に通れることをボランティアはずっと願っていたのです
(2011年6月撮影) 









2011年4月

福島第一原発20キロ圏内が

「警戒区域」指定されてしまってから

住民やボランティアは動物を助けたくても

おいそれとは行けなくなってしまいました


警戒区域は法律で定められたもの

それを破ってまで行くべきか・・・


圏内で命が待っている

警戒区域指定以前から活動していた

殆どのボランティアは迷わず突入しています

中にはカネのために突入して行った

団体も多々あったのですが

ナナぱぱ松本氏のように

行きもしないで行ったというような人間は

いなかったと思います











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こちらは国道6号線 真逆の北端の南相馬検問
(2011年6月撮影)









 手薄なバリケードを見つけ

そこを突破して警戒区域に入る

最初の5ヶ月間はそのことに明け暮れていました

中には 

「緊急事態応急対策車両通行許可証」

に似せた

「猫保護緊急対策車両」(笑)を勝手に作り

ダッシュボードの上に置いて

活動する者もいたのです 




・・・わたしですけど・・・ 




あ 「許可証」とは書いていませんし

それには私の住所氏名もきっちり書いてありますので

偽造でもなんでもないです

警察に停められたら一巻の終わりのものです 

じゃあどこで効果を発揮するのかといいますと

警察車両と「すれ違う」ときのみ (笑)

本当に許可を得ている多くの車両がそうしていたように

ダッシュボードの上に 「何かしらの白い紙」 がある

これで勘違いをしてくれることを願ったわけです

実際 数台の警察車両は勘違いをしてくれました



やはり良心がとがめて数回でやめる事に

やるならやっぱり堂々と男らしくやろうと思って

ビクビクしながら(オイ)

パトカーから逃げまわりながら活動を続けていたのです(笑)












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よっこらしょっと簡単に動くバリケード
初期の頃はこういうところが多く 20キロ圏内は穴だらけでした
(2011年5月撮影)







8月くらい いや9月に入ってからか

圏内でパトロールする警察車両が極端に増えたのです

そして圏内で捕まるボランティアが続出

捕まったボランティアはどこから入ってきたのかを

厳しく追及されたといいます

白状してしまった場所のバリケードは

さらに強力になり

人間の力では動かせないものになっていくのです

それでも入れる場所をキープしていた私ですが

結局 圏内に入れても中で捕まったら意味がないので

住民の一時帰宅などの協力に頼ることになっていきます

ところが一時帰宅は 以前 書いたように制約があって

なかなか自由に動けない

そういう時期を経て とうとう

私たちは 「公益立ち入り許可」 にたどり着きます




「公益立ち入り許可」 は

20キロ圏内に営んでいた事業所があり

その事業継続のために必要なものを

運び出したり片付けたりするためのもので

時間的制約はあっても

決められた期間内なら警戒区域の中を

自由に何度でも出入りできるものでした

まるでトランプのジョーカーのような

オールマイティーなもので

私たちはこれがいただけると本当に有難かったのです

これは現在の帰還困難区域でも適用されています


公益立ち入り許可の許可証は

各市町村の自治体から出されていて

浪江町に事業所がある場合は浪江町

双葉町に事業所がある場合は

双葉町に申請することになります

それは外部の私たちが勝手にできることではなく

その事業者様にお願いして加えてもらうわけです
(車両と氏名)

許可の期限は初期は1日だけだったりして

非常に短いものでしたが

だんだん日数が伸びいって 数日から1週間

1ヶ月と緩くなっていって

現在はなんと半年間までいけるようになりました

私は当時も現在も事業者さんは違えど

浪江町の許可をいただいて活動していたのです


ただジョーカーといえども

これもやはり目的が決まっており

それ以外の余計なことはできないわけです

当然 猫の給餌活動や保護活動はご法度

目的の事業所がある場所と

全く関係のない地域にいるなんてことはまずいので

常に言い分けを考えておかなければいけませんでした

これから行くところだった

これから帰るところだった

倉庫がこちらのほうにある

自宅がこっちだった(赤の他人なのに・・・)

ついでに墓参りするのだ

という風に 今 警察に止められたら何と言うかを

考えながらの活動

確かに浪江町の事業所なのに

30キロ離れた楢葉町で餌やりしていたらキツイ(笑)

それでも皆 あの手この手で乗り切っていったのです



時間がたち

震災から3年4年と時は進みます

やがて警戒区域は部分的に解除して行きます

許可証がなくても自由に入れる地域が出来てきたのです

それはそれで喜ばしいことではあったのですが

私たちからすると

まだ半径20キロ圏内全域が

「警戒区域」のほうが良かったのです


各自治体から出してくれている「公益立ち入り許可」は

原則 その自治体の中でしか活動できません

浪江町なら浪江町内しか行ってはいけないのです

しかし20キロ圏内全域が警戒区域だった頃は

各町境にバリケードがあるわけでなく

実質どこでも行くことはできました

警戒区域に入るのも

南相馬市や楢葉町を経て浪江町などに行くので

許可されている町しか通れないということはなかったのでした

ですので

私の給餌ポイント(「えさ台」)は

楢葉町 富岡町 大熊町 双葉町 浪江町 南相馬まで

全域にわたって50ヶ所ほどあったのです

しかし部分的に警戒区域が解除になり

もとの警戒区域が歯抜け状態になっていくと

警戒区域が分断され繋がらなくなってきた

とくに富岡町と大熊町 双葉町は完全に独立してしまった

よって今まで浪江町の許可で入れていたこの3町が

それぞれの町の許可証が必要になってしまったのでした

富岡や双葉大熊に知っている方が殆どいない私

それでも住民の方を紹介していただいたりして

一時帰宅で何度かは行かせていただきました

が・・・



やはり以前書いたように一時帰宅はロスが多いのです

スクリーニング会場に行き許可証を発行していただき

5時間でまた戻ってきて同じ会場でスクリーニングする

ようするに双葉や大熊のみで一日が終了してしまうのです

双葉大熊での私の餌場はたかだか5~6ヶ所

そこに行くために一日を費やしてしまうのは効率が悪い

私には他に40ヶ所以上の餌場があるのです

といって1泊して二日間を費やす時間もない


白状しますと


切りました


私は見捨てたのです


自分が行ってたくさんの猫が助かるなんて思っていませんが

それでも自分の餌場に来てくれている猫たちはいたのです

これは今でも胸の中に傷として残っていて

ただただ申し訳ないという気持ちを

ずっと持っているのです

その代わり

他の地域を頑張ろう

そう思って現在も活動を続けています


ただ救いがあるのは

友人のボランティアが今でも大熊双葉で

給餌保護活動を続けています

友人は私とは逆に双葉大熊1本に絞って

ほぼ毎週通っています

その方には本当に感謝しているのです






私が今回書きたかった内容は

実はこれからの話なのです

でも力尽きました・・・

次回にさせてください