うふふ


あはは




私は精一杯の 愛想を振りまいていました


場所は在日アフガニスタン大使館の一室


当時 大使館は神宮前4丁目交差点の角ビルの中にあったのです


ラフォーレ原宿のある交差点ですね




「いやホントに向こうでは皆さんに良くしていただきましたよ」


「これから良い国になっていく気がしています」


などと大使館員のお話に 適当に合わせて話ししていました




口が裂けても向こうで拘束されました なんて言えないし


必死で持って帰ってきた現場の写真も発表せずにいましたし




それもこれも再訪するためのビザが欲しかったから・・・




次のアフガン行きは 前回よりも重要でした


なんせアフガニスタンに10年間侵攻していたソ連軍が


ゲリラの抵抗に負けを認め撤退するという


歴史的瞬間に立ち会えるのです


私はこれを逃すものかと 必死に愛想笑いをしていました




笑ってビザをもらえるなら苦労はしませんが・・・


もらえたのです(笑)






そしてまたまた友好協会の名刺を持って (相変わらずこれしかない(笑)) 


やってきましたアフガニスタン





うちのとらまる


期待と不安の入り混じった 何とも言えない気持ちで


カブール空港に降り立ちます








うちのとらまる



ロシアの対地攻撃機が世話しなく飛んでいました




うちのとらまる


着陸態勢に入る攻撃機








うちのとらまる


フレアーを撒き散らしながら 飛行するロシア製輸送機



ご存知かもしれませんが これは赤外線追尾ミサイル(熱源追尾)から


機体を守るために おとりの熱源(フレアー)を放出しているのです







うちのとらまる


盛大に撒いてます


離陸する時 着陸する時が スピードも落ち狙われやすいので気をつけていますね







ソ連の撤退は数ヶ月に渡って行われ


完全に撤退完了したのが この時から約1年後


その第一陣が5日後にある予定でした



私はそれまでの間は大人しくしておこうと思い


アフガン政府が喜ぶ場所を撮影して回りました



たとえば ゲリラから押収した武器を展示してある建物なんかは


とても喜んでもらいました


その中にあったのが





うちのとらまる


アメリカ製 携帯型 赤外線地対空ミサイル スティンガーです


ソ連が撤退したのは これのせいと言っても過言ではないと思います



ゲリラたちは物量に勝るソ連軍相手に神出鬼没のゲリラ戦を挑んでいましたが


空からの攻撃には身を守る術を持ちませんでした


アメリカがこのミサイルを こっそりゲリラに供与したおかげで


ソ連は空軍力を制限されるようになったようです


どれだけビビっていたかはフレアーの写真で分かると思います



「わたしたちの聖地に 殺人と流血をもたらしたレーガン大統領からの贈り物」


みたいなことが書いてあります






うちのとらまる


これはひどい


おもちゃの中に仕込んである対人地雷です


政府はゲリラが使用したということで展示したのでしょう


犠牲者の子供の写真も ごていねいに置いてあります


真実は・・・どうなんでしょうねえ・・・








うちのとらまる

墓地の撮影にも行きました






うちのとらまる


もの悲しい風景でした・・・




そして1日目が終わります









私は前回から学んだことがあります


それは服装です


前回の服装はTシャツとかカッターシャツとかジージャンでした


はっきり言って


ただの兄ちゃんでした



そんな格好で 「オレはプレスだ」 と言っても信じてはくれないでしょう


私以外の皆が持っているプレスカードも無い


そんな私が頭をフル回転させてあみ出した必殺ファッション









うちのとらまる



カメラマンベスト 7500円 



これで私もカメラマン



どうみてもプレスです



です







ですか・・・?








続く









うちのとらまる

もう少しの辛抱ですよ! 次くらいに唐突に終了しますから! (笑)