大熊町にいた最後のダチョウ
                                              
                                             
                                              
時は遡ること約7年前の2013年

一羽のダチョウが生き残っていました

震災があったのが2011年ですから

2年も閉ざされた地域で生きていたのです




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この子は一度は牧場を脱走して自由になり

そのことにより

生き延びることができていたのでした

そして再度捕獲されていたのです



脱走できなかった子たちは

ほぼ全員死んでいます
                                   








2013年5月18日

私が大熊町で最後に見たダチョウです

いつまで給餌をすればよいのか

全く分からぬまま時が過ぎていた

しかし生かし続けることによって

この状況を発信し続けることによって

事態が好転することを願っていたのでした


水やキャットフードを与えても

彼は餌をすぐに食べずに

私に向かって求愛ダンスをし続けました





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食べにくいね

生かすことが精いっぱいで

専用の餌までは用意できなかった





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食後

余裕が出て来ました





また来るからね





そう伝えて次に訪れたのは10日後






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ご飯とお水を持ってきたよ







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だれもいない





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もう だれもいなくなっていました




検証
18日には無かったショベルカー

畜主さんが決断したのだろうと

容易に想像がつきました




水や餌を毎日与えたり

お世話ができない以上

現実的に考えて

この決断は正しいのだと思いました

苦しんで餓死していくことだけは

絶対に避けなければいけない

彼が寿命を全うするまで

ずっと餌を運ぶことなどできないし

週に一度や 十日に一度で

彼を生かし続けることなどできない

それは頭の中ではよく分かっていました

分かっていましたけれど

それでも生かしてやりたかった

誰もいなくなった現場に立ち

力がない自分が本当に嫌になりました

しかしこれで

私は猫の給餌に専念できることになった

悲しかったけれど

どこか ほっとした自分もいたのです



この後

圏内をさ迷っていたダチョウ二羽を

松村さんが保護してくださった

この行動力

決断力には

本当に頭が下がる思いでした






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ぼくは いきていたよ

さいごまでがんばったよ









のこされた動物たち 福島第一原発20キロ圏内の記録
太田康介
飛鳥新社






しろさびとまっちゃん 福島の保護猫と松村さんの、いいやんべぇな日々
太田 康介
KADOKAWA/メディアファクトリー

松村さんが保護した
二羽のダチョウも掲載しています