うちのとらまる

2002年、近所で生まれた野良の子「とら」と「まる」。飼い始めてその可愛さに魅了され撮影を始めました。今ではうちの猫「とらまる」だけでなく、過酷な条件で生きている外猫たちに少しでも力に成れればと思い、自分の活動を始めております。ご質問などございましたら otacats2@yahoo.co.jp こちらにお願いいたします。 2011年に起きた東日本大震災により、事故があった福島第一原発20キロ圏内の取り残された猫たちのために、現在も給餌活動を続けています。

2014年12月

福島は初冬を迎えています                                                                                                                    ... 続きを読む



福島は初冬を迎えています

                                                                   

                                                                    

                                                             

                                                                


バタバタ活動していて 撮影し損ねていた秋の紅葉でしたが


ぎりぎり間に合ったかな













この日の午前中は雨


午後になり だんだんと回復













イチョウの葉も殆どが落ちて きれいな絨毯が敷かれていました















ここは国道114号線


二本松や福島から最短ルートで浪江に来ることができる道


山間部の谷間を通る道は 両側の紅葉を楽しみながら走れます











車を停めて撮影


美しい渓谷を見下ろしていますが


この写真の右側には 


およそ美しさとは縁遠いものが見られるのです



















山を削って整地された除染土の仮置き場


そう この114号線沿いは 風の通り道となり放射能が降り注いだ地域なのです


美しい紅葉も見た目だけで ここは人も住めないほどひどく汚染されてしまいました
















その道沿いにある「えさ台」


ここでは監視カメラに2匹の猫が確認されています


行くといつもフードは空っぽ


理由は 猫とほぼ同じサイズのハクビシンが来ているのです


彼らの食欲は凄いものがあります


厳しいですが今のところ対応できる術は見つかっておりません














スズメバチの巣


中には もういないような気が・・・


いやいや 念を入れて落とすのは もっと寒くなってからにしますね















道路を挟んで向かい側


モニタリングポスト線量計があります











約8マイクロシーベルト


高いですね


しかし2011年は空間で40~60マイクロシーベルトあった場所です


それを思えば道路しか除染していないのに かなり低くなっています














「えさ台」のある山の中から海に向かって降りてきました


浪江の中心街に行く途中に出来た 常磐道「浪江IC」


12月6日に開通です


といっても東京からではなく 仙台方面からの開通です


しかしこれにより宮城県の仮設に避難していた人たちは 


一時帰宅するのに ぐっと便利になるわけです


これは明るいニュースですね


ちなみに東京方面からの開通は 来年のGWあたりだといわれています



【追記】


昨日(12月2日)のニュースで東京方面からの開通は3月に前倒しになる発表がありました














あるお宅の玄関前で死んでいたイノシシ


動物たちに食べられて骨が露出しています


一時帰宅がされていても 避難している人全部が帰って来ているわけではありません


中には もう諦めてしまい避難先から新しい土地で再出発している人もいます


そうして場所によっては人が帰ってこないところが出来るわけです


そのような場所は野生動物の天下


除染作業で一時的にはきれいになっても


すぐに家や土地そのものが荒廃してしまいます


人が住まない町は いったいどうなってしまうのか


建物を解体しても全部汚染物質で焼却もできない


このまま朽ち果てていくのを待つしかないのかもしれません


そして町の再建は程遠い話となり


その場所に残された猫たちの苦しみは これからも続いていくことになるのでしょう